こないだお伊勢で入った居酒屋が逆深夜食堂だったな、お品書き豊富なのにオーダー入ると店主が「そんなのはないなあ」「ややこしいのはできんなあ」って笑ってるの。ぱうぜか。絶品玉子焼き作ってくれたけどね。
常連さんで大賑わいのええ居酒屋さんでした。この日はシミツの2階までいっぱいだったようす。
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戦後70年ですか。
今のうちにリアル戦争経験者の証言を遺そう、とかいう活動もよく耳にするようになりました。
自分が子供の頃はまだ戦後40年とか言ってたかな、「戦争経験者」も上官クラスがまだご存命であった。終戦時40才が80才の時分だもんな。
「大空のサムライ」坂井三郎とかの伝説の撃墜王なんども健在だったし、「一人ぽっちの戦争」小野田寛郎が帰国して手記を上梓したりしていた。
で、それから時移り、じわじわと年の順に、士官クラス亡くなり、鬼軍曹クラス亡くなり、パイロット亡くなり、職業軍人亡くなりして、今、終戦を20才で迎えた年代が御年90才、従軍経験といっても召集軍人さんとか学徒兵とかの「戦地に連れられて行かされた」立場の人、戦争経験者といっても空襲された民間人の人々、つまり、今お話を伺える方々というのは戦争被害者の立場の方々。
なんというか、こう、視点が偏りすぎやしませんかと思うことあり、いやもちろん戦争はひとたび起きれば被害甚大ですし無いのがいいですが、徴兵された、軍隊でしごかれた、家を焼かれた、受身の話ばかりを見聞するのは何か危険な気がするわけです。バランスの問題ですかね。
爆撃されたし爆撃した、占領したし占領された、被害も受けたし加害もした、勝って揚々とした時もあったけど最終的に負けた、偏りに陥らず戦争を語り継ぐにはマクロな視点も必要です、かもしれません。
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初夢になるのかな、2日の朝方の夢。
知久君の記念ライブやるとかで、なんか大きなホールで、あかねちゃんとかさっちゃんあびちゃんとか懐かしい人たちが受付周りにいて、
「予約してある?」「ごめん、当日なんだけど無い?」「うーん、いいや、招待出すよ」「えっいいよお金は払うよ」「開場したら4番扉から入ってね」(どんだけ大きい会場なんだ?)
とかやってるところに見たことあるような無いような女の人が抱きついてきて、
「ひさしぶりー白木ちゃん、アタシずっと3200円返したかったのー」(白木ちゃん呼ばわりって1988年以来かよ)「3200円?」「ずーっと借りっぱなしだったの!やっと返せる〜」と仰る、心当たりはないけどなにぶん27年ぶりに会う人ならばそんなこともあったのかもしらんと思う。
受付で受け取ったチラシ束にはオージャカンの仮チラシ、次回公演タイトルは『自由姫』、(自由ノ人形と磁石姫を足したな…安直な)と思いながら4番扉を探す、そんな場面で目が覚めた。
なんか90年代初頭っぽかったな、全体的に。
あの頃足繁く通ってくれてた顔見知りのお客さんとか、どうしてるんだろうなあ。