2019年5月17日金曜日

新しい国の劇場とは

「新国立劇場」の「新」は当然「劇場」に掛かってて
「国立劇場」に対する「新・国立劇場」な訳だけど
「国」に掛かってたら革命予言だな
「新国立・劇場」新しい国の劇場かって

とかなんとかたわけた言葉遊びを思う3日目、皆が泣くあるシーンをモニタで観てたらシーン終わりで鳥肌が立った(比喩ではない)、芝居や音楽で鳥肌立てるのかなり久しぶりの経験だなあ。
と魅入られながらスタンバイした直後、自分の出であからさまな失敗をする。
初日・2日目もちょいちょい失敗はしてるけどお客さんからは分からないやつだった(影声を舞台ソデじゃなくセット最奥裏から言っちゃうとか)、今回は誰の耳にも明らかに「失敗したな」とわかるやつ。終演後、観にきてた大島に「失敗しとったねー、動揺が伝わっとったよ」と嬉しそーに指摘される。ちっ。
まだお他所のシーンにみとれてるバアイじゃないのです。精進せにゃ。

ロングランだからまだまだリカバリのチャンスがあるのです!ありがたいことに!
昆虫ちゃん


あとね
舞監さんのキュー出しの「Standby,Go」の声がものすごくカッコよくて毎回しびれるのです。

総火演で「だんちゃーく、今」に萌えるミリオタが多いのもわかった気がするよ。ちょっと違う?

2019年5月15日水曜日

Right and Left,Now

新国立劇場とわたくしっつうと
2001年の秋にテアトロ・デュ・ソレイユの来日公演『堤防の上の鼓手』を観たなっていう思い出くらいですか、
母国フランスでの上演とまったく同じ上演環境を再現するために「仕込み3週間」というのが当時たいそう話題になりました。
そしてあれはちょうどニューヨークで同時多発テロがあった1週間後の観劇でした。
王者舘はコンデンスの公演期間中でした。

そんな18年前の観劇以来縁のない場所でしたがなんか気がついたら王者舘が公演してますよ、気がついたら初日ですよ、楽屋に至るまでのあちこちに「本日初日」の文字があって目をこすりますよ、えっ初日って初日?マジ初日?
マジすよ。

なんだか色々ある、あざなえる縄の如きもの、禍福も吉凶も表も裏もアリもナシも、めまぐるしく色々ある。人間の思惑のままのこともある、思いもよらないこともある。





遠からんものは音に聞け、
近くば寄って目にも見よ、

立ちあえるものすべて居合わすべき出来事が今ここにある。

2019年5月10日金曜日

或いはドリフの盆回しフェイズ

東京滞在もひと月となりまして、つまり折り返しを過ぎています
あとはもう
序破急で言えば破と急を残すのみって感じですよ、いやそこが肝心なんだけどさ
長い序であったことよ

そいやこないだしげちゃんの個展みに池ノ上のギャラリー行ってきた、その途中の雑貨屋?ギャラリー?の店頭に薪能のチラシ置いてあって、ほう、野外で道成寺とは珍しいなとよく見たら観世喜之師の名前が目に入って、しげしげチラシ見てたらご店主が出てきて「お能に興味がありますか?私もここで習っているんですよ」「九皐会ですか」「ええまあ」「九皐会が好きで以前観に通ってましたよ」とかなんとかお話しした、なんだかなつかしい日々のことである。

どうぞ観に来てくださいと言われた薪能は甲府の武田神社、しかも5月25日とあってはもうぜったい観に行けないやつであるが(こっちも本番中)、チラシは頂いてきました。


さあ1001初日は来週に迫っていますよ

2019年5月7日火曜日

そんな感じ

生活時間がだいぶずれ込んできてますね。
二度寝が怖いので何段階も目覚ましをセットする…
わかりやすく最終アラームに「ギリギリ」と名付けたら
ギリギリ、毎日

…イヤな感じになったな

…80年代くらいのアイドル歌手の歌詞に出てきそうな雰囲気もあるな。ギリギリ、毎日。


2019年5月6日月曜日

シルバーレクリエーション

日曜日
宿舎そばの小学校では校舎が開放されているようで、高齢者向けのレクリエーションサークルらしき団体さんが活動をされていますが
今日ふと覗いたらレクリエーション内容が「吹き矢」でした
わりとビックリした
まあ、全身運動だし、持病あったり関節とかいわしてても負荷はそんなにかからなさそうだし、特に肺とか横隔膜まわりの鍛錬になりそうだし、お年寄り向けではあるかもしれない。

寝たきりのおばあちゃんが凄腕の吹き矢スナイパーだったら怖いな


2019年5月5日日曜日

でんしんばしら

東京杉並区の電信柱(N柱)の柱種標の埋め込み位置
たっけーなー
カーブミラーより高いとこにあるんですね

みたとこNCポールが圧倒的シェアっぽい

東海地方だと東海ポールと大日ポールがほとんどだけどね

2019年5月4日土曜日

改元つき5月

生活をしに来たわけではありません、とは言え「生活」部分にいくばくかの潤いや安らぎがあった方がいいのは確かです、長期滞在。
稽古場近くにご年配のマダームが個人でやっている喫茶店を見つけたので早くに宿舎を出て寄ってみた、明るい店内さわやかな緑道、全席喫煙可、猫好き、モーニングセット11時まで、もう理想的喫茶店。日参したい。できるかな。

喫茶店に行くくらいの余裕ができた…とも言えるしそういうプチな楽しみがないと腐っていく状態とも言える、まあ、落ち着くところがないですからね、いろんな意味でね。

裁縫でも掃除でも芝居でもやることなすこと裏目にでるときってある、「今日はそういう日なんだ」と思ってもう動かないようにする。そういう時はどんどん卑屈になっていくので「他の人はそういうことないんだろうなあ、『裏目に出るもなにもそもそもなんでやろうと思ったんですか』とかそんな感じなんだろうなあ」と勝手に脳内他人に見下されてより落ち込む。どうせいらんことしいだわ。

細々した買い出しで何回か下北沢行ったよ、
「また駅の状況がかわったよ」「もうどこがどうなったか全然わからないよ」といろいろ噂には聞いていたが、ありゃこりゃわからんねー。
なにげに今までの足取りで小田急改札をくぐってしまいそうだわ、ピーコックの位置から自分の所在地を確認する。

以前、電柱・電信柱に関する基礎情報を読んでいたら「柱種標の位置は地上高2~2.5mの高さ」と記載されていて「高すぎね?1.5mくらいのとこにあることね?」と思ったのであるが。
名古屋あたりはだいたい歩行者の目線の高さに埋め込まれているのに対して、東京の柱種標って高いとこにあるのね!なんの違いなんだろう?
NCポール
バケット車を停めておけなさそうなほっそい道が多いからいちいち登るんだろうなあ、大変だなあ。名古屋市は道が広くてその点は便利ですよやっぱり。

2019年4月26日金曜日

れーわすげーわ

ちょっと作業に目処が立ったというか目鼻がついた感じだよ。
ふー
結局徹夜しないとまとまりのいいとこまで進まないんだな。

大島の新刊が出てあちこちで著者インタビューみたいなの載ってた、その記事で『妹背山婦女庭訓』15年ぶりの通し狂言上演があるのを知った。
通し狂言なんてそんなみる機会ないから見てみたい、が、ちょうど東京にいるんですけど見事に日程丸被りでやんの。

国立劇場の妹背山婦女庭訓特設ページに大島の顔写真とか特別対談とか載ってて、そんでかたや新国立劇場は天野天街で、なんかすごい笑えるっていうかなんっていうか。令和元年すげー幕開け。
昭和の頃にタイムスリップした人が「あんたたち次の次の元号になったら2人揃って国立の劇場の看板飾るよ」って言っても本人たちがまず信じなさそう。

新元号の審議会だかなんだかのあれ、有識者メンバーの中に林真理子入ってるの見て「あ、身近なメンツの中で新元号審議会に一番近いのは大島か?」と思った、直木賞かすった女流作家、いっそ大島には新元号審議より考案の方をやらせてみたい、鶏の脚が4本あるって言い張ったあのセンスでひとつ。

カイゲンあったら飲みたいシュッポ、

改元記念のテレビ番組とかあるんだろうな、出先なんで視聴も録画も難しいかも、なんかめぼしいのあったら撮っといてください。

2019年4月23日火曜日

アトミックのおぼん

ミシンの糸巻きをふと上から見たら
原子力な感じだった。

2019年4月20日土曜日

4月下旬

自分の身体は自分のものでしょうか
それとも自分自身でしょうか

と、朝焼け見ながらどうでもいいこと考え始める4月、なんか急に暑くなった。

切って捨てることもできないし確かに自分自身なんだろうよとも思い、それにしちゃ自分の考えるとおりに動いてくれないじゃないですかと嘆息する、いや自分自身が自分の思い通りであったことがあるろうか、泣きたくないのに泣いたり平静でいたいのに腹立ったり、精神だって自分の思い通りにはならないのです。

精神だって身体である


寝不足は、環境が変わったからとか忙しいからとかだけじゃなくて、超小心者なので寝過ごしたかと思って明け方に飛び起きるから。なんかくやしい。

2019年4月19日金曜日

もふもふ

本日の癒し。
忘れた買い物をしにひょっと宿舎を出て、宵闇にコロちゃんと出会う。会えたねー。
ご近所のおばあちゃんや犬猫や空き缶や草木に無意識に話しかけるおばちゃんなので、「あなたがコロちゃんですかー」と声をかけるとコロちゃんはニャアーンとかなんとか言いながら近寄ってきてすりすり、団子尻尾をぴこぴこ動かしながら右に左に体をすりつけるのでこっちも遠慮なくなでなでさせてもらった。おばあちゃんの話とおり全身真っ黒な黒猫ちゃんであった。
遺伝的に黒猫は甘えん坊っていうね。そうかもしんないな。

東京物件を検索すると、「猫付きシェアハウス」とか「猫が飼えるシェアハウス」とかあって東京すげーって思う。昭和はアパート全体で飼ってるような状態の猫なんかふつーにいたけどね、家々で別の名前で呼ばれてたりしてね。外飼いの時代だったから。

猫は天下の回りものだったよね。

2019年4月18日木曜日

眠い

なんだこの眠気は

部屋に帰ってきちゃPC画面を見つめながら寝落ちし、稽古行っちゃ本読み中に猛烈な眠気に襲われる。なんでしょうね。
そこそこ寝てるつもりでも熟睡はできてないのかもしんないですね。

PC持って来なきゃもう「え?予定外の作業?パソコン持ってきてないからできません」でいろいろ回避できるのではないかと悪い考えも浮かびましたけど、やっぱり、まあ、そういうのは無理ですね。「PC持ってきてたらできたのに!」って余計ストレスになりそう。
というかむしろHDDも紙資料も「ひょっとして要るような事態になるかも」と思ったすべてのブツを持ってくるべきでした。クロネコヤマトのプチ引越便レベルで。

右肩が変だなと思って四十肩もどき上がりだったことを思い出した、喉元過ぎたので忘れてた。9月の末に発病して1月末まで痛かった、動きに制限はかからなかったのでいわゆる四十肩じゃなくて肩周囲炎とか腱板損傷とかそんなん、めんどくさいので人には四十肩ですと説明してたやつ。再発するとヤなのでちょっと右肩にチカラがかかることは避ける。年をとると「いかに怪我をしないか」になる。大事よ。

壁紙がファンシーで
稽古帰りに購入した置き時計がよく似合うこと。

あーのこーの言っても恵まれてると思いますよ。あーのこーのは言いたいの。

というわけで今日の作業も終わってないけど猛烈に眠いのでふとんに入って寝ることにします。
デスクで寝落ちすると腰と首にくるんだよ。




2019年4月15日月曜日

あれこれ

デジタル社会のせいでしょうか「金曜までにあれとこれください」とか簡単に言われることが増えてきた気がします、というか立て続けにあっておつらい。
アナログ資料を引っ張り出して仕分けてデータ化するのも一苦労なんですよ、というか一応名古屋のアレなんで物理的資料のほとんどは名古屋周辺に在るんですよ、泣く。あと1日早く言ってくれたらなんの問題もなかったのに。
言うても無いものは無いし無理なものは無理なので、右から左へ注文を流す、無茶振りスパイラル。
今日は大量スキャンしに新宿のキンコーズへ。

東京生活はなんとかかんとか、ぼちぼち。
新線に乗ったつもりで新宿まで出ちゃって人混みに泣くとか、やらかしそうなことは早めに一通りやったよ。はしかみたいなもんだから早めにやっとくに限るのよ。
簡易デスクをPC机にしたりミシン台にしたり食卓にしたり使いまわして、きっとそのうちコーヒーを生地かキーボードにこぼして頭抱える、たぶん。
斜め向かいの家のおばあちゃんと世間話してコロちゃんという飼い猫の話聞いたり、角曲がったとこにある銭湯行って電気湯でビリビリしたり、生活か。
生活をしにきたんじゃなくて芝居をしにきてるんだよねえ。
いや生活も自ずと付いてくるんだけどさ。

そういや北斗のチラシって1988年の時点でかなりレアだった、たまたま以前天野さんから貰ってたのが手元にあったんだけど当時どうしても原本じゃなきゃイヤだって言い張る編集者に貸し出したら返却してもらえなかった思い出、以来原本絶対貸さない。今はデータで済むから気が楽だな。

上京日の関東は雪が降るほど寒くって今週は5月初旬の陽気とか言ってる。たしかに先週凍えるようだった部屋の中がちょっと暑い。
これで体調を崩すなというのもなかなか無理ゲーっすよ。

キャラクター物のプリントシャツをまったく持っていないので版権物禁止令が出てもまったく何にも困らないと気づいた、そいや空自の部隊マークって航空祭でいろんなお店がグッズ販売してるけど版権どうなってるんだろうか。


すばらしい麦茶。

2019年4月1日月曜日

降る花や

ピエール瀧逮捕のニュースでふっと思い出したのは1986年、映画『コミック雑誌なんかいらない』のキネ旬の授賞式かなんかで滝田洋二郎監督が「1つの映画から2人も逮捕者が出ちゃいまして」とコメントして場を沸かしていたことで(ロス疑惑の三浦和義とフライデー襲撃のビートたけし)。
いや、『シン・ゴジラ』も1作2逮捕者の記録に並んだなと思ってさ(小出恵介とピエール瀧)。あ、小出恵介は書類送検からの不起訴だから逮捕はされてないのか。

1986年、逮捕容疑の凶悪さで言ったら淫行とかコカインとか目じゃ無いんだけど(殺人未遂と暴行でどっちも有罪)、特に作品封印とかなくテレビ放映してたし今も時々地上波放映やるなあ、ところが今やあれやあれはアレだよ。世論て奴はいつのまにそんなクリーンにおなりあそばした。芸術無罪とかいう言い分も傍ら痛いけんども、作品撤収とか封印とか社会的影響に鑑みじゃなくて要は臭いものに蓋ってことでしょう、めんどくせえ、俺知らねえ、関わりあいたくねえ、炎上しそうなものは遠ざけとけって。
本質の議論どころかそもそも議論するような事態に至ること自体が悪、みたいな風潮があるよな。
「忖度」とはよくも言った。
みなまで言うな、言わせるな、的な。
でもみんな価値観も美徳も違ってバラバラなのに最大公約数で忖度しようとするから「一番煩い奴に合わせとけ」ってなる。

中間管理職が勝手に上層部に忖度して指揮・連絡系統が乱れたせいで上が全く意図しないところで下っ端が苦労している話がTumblrで流れてきた、「それ日本企業の組織構造だと非常によくありがち」というコメントが付いてたけどよその風土だと違うのかな、
日頃は常々古い日本の組織体質を蛇蝎の如く嫌って語る人が「勝手に忖度して現場を乱す」パターンに陥っているのはどう見るべきかな、どうでもいいかな。

なんで人間、自分が悪し様に言ったこととおんなじ穴に落ちるんだろう。呪いか。
他人のことに不寛容な人ほどおんなじこと、罵ってたそのまんまのこと自分でやる。
打倒君主制って言ってた人はトップに立ちたがるし成金はみっともないって言ってた人はゴールドカード見せびらかすし薄ら禿になるくらいならスキンヘッドにするって言ってた人はバーコードにする、なんでよ。
言ってたこととやってることが違うじゃん。

1986年に話戻して、昔は緩かったから許されてただけだよって、なんでも時代のせいにしてればそりゃあ楽だわなby田辺茂一、当時だって叩かれたり荒れたり街宣車に囲まれたりFAX1ロール攻撃受けたりSNSみたいに可視化されてないだけで炎上してたのだ、ただ消費者から炎上っぷりが見えなかっただけだ、それに抗って立場を貫いた人たちがいたのだ。

降る花や昭和は遠くなりにけり
自らうすら忖度して利口ぶっていくより、わたし昭和でいい、わたしは昭和のままでいい。