面白い物を書く人には陰がある。
という説を自分で思いついたんだったか前の旦那の持論だったか思い出せないが、物書きには陰があると思う。
まあこの説も
「あの人は物書きだけど特に陰とかなくない?」「いやあの人はああ見えて心に闇を持ってるよ」とか
「あの人も物書きだけどやっぱ陰とかなくない?」「だってアイツの書くものいかにも薄っぺらくてつまんねーじゃん」とか、
「書く物の面白さ」や「陰の有無」の部分にそうとう主観の混じった判定ができてしまうのでかなり恣意的な話ではあるんだけど。
ただなんか説得力があるような気がしている。
で。
こないだのオージャカンの芝居が久々に自分の中でヒットで。
いろんな要素があるんでコレが決め手ってものでもないながら、一つ、虎馬鯨の陰があんなに前面に出てくるキャスティングって今までなかったんじゃないかなと思った。
子殺しのオトーサン役って光ノ姫以来約30年ずーっと井村さんが担ってきた役どころだったんだけど。
今回の方がなんかしっくりきた。闇深いな。と。
この件あまり追究しますと井村さんから二重に怒られそうなので軽くここらで止めておきます。
◇
物書きにせよ物造りにせよ、まあ、創作する人ってのは自分の中に孤独な部屋を持ってキリキリ自分を削っていますわね。
以下、数年前のグループ展で田岡さんの創作物に合わせる予定で書いた短文。
◇
In A Little Box
下弦の細い月に
みちない汐、
風のない夜。
なにごとも聞き漏らさない静けさの中、
砂に足取られながら
あるく背後の
宙色の天蓋の向こう側で
いっせいにランタンが灯されたのを知っています。
ことばの光です。
見渡すかぎりの輪郭をあざやかにしながら光気が満ちていきます。
誘蛾灯のように
あちらを目指さずにはいられないのでした。
意味のあかりに焼き殺されるとしても。
こちらはいまでも
うすい月あかりと
うすい影、
みちない汐と
よせない波。
ひそかでひそやかな海辺です。