2018年7月20日金曜日

うなズキ次郎

うなる美味しさうな次郎!
で、うな重!
~ブンセンの実山椒佃煮「みざん」添え~

精進料理の肉もどき以来、連綿と続く「コピー食品」の文化、好き。
人造イクラはソ連崩壊で鮭・イクラがロシアからクソ安く輸入できるようになったとかですっかり消えてしまいましたな。噂ではもうロストなテクノロジーになってしまってて生産不可能だと聞きました、特許とかで製造工程は分かりそうなもんだけどなあ。機械が無いのかなあ。

最近すごいなと思ったのはホタテ貝柱風のカマボコかな、カニカマ以来の感心、ホタカマ。

うな次郎も頑張ってたよ。食べた感じは白身魚のハンバーグっぽいなって思ったけど、うなぎの皮の再現度が高かったのがわしわしの心にヒット。皮って。こだわったんだろうな、皮に。
味は、どこがどうって言えば、油かなあ、うな次郎はアッサリしすぎている。うなぎのあの旨油脂を再現できたらうなぎ感急上昇と思う。油脂系再現はハードル高そうね、失敗の振り幅が大きそうというか。


SHISEIDO花椿でWEB連載中のはるな檸檬『ダルちゃん』がしんどい展開を迎えていた。表現と秘めごとと。
男がいなかったらダルちゃん詩を書いてないし直情型じゃなかったらど直球な詩も書いてない。なかなか抜き差しならんのです。

伊藤比呂美の第一詩集出版時のエピソードだったかな、欧米のウーマンリブかフェミニズム詩に感銘を受けて当時付き合っていた妻子持ち男性との恋愛を詩に書いたら、新聞紙上でその性交描写あたりをご丁寧に引用した上で酷評されて親に猛烈に嘆かれてもう二度とこういうものを書いてくれるな、と言われたというのは。
70年代のことですからね、まだ「女性が自分の言葉で性を語る」とかいうのはめちゃくちゃとんがった行為で世間様から眉を顰められることであった、そいやウーマンリブといえば女性性の解放と言ってストリーキングも流行ったと聞きます。もう身も心もどんどんハダカにって。
思想の背景は全然違うけどダルちゃんが「もっと自分をさらさないと」って言ってたのに通じてくのかな。

作品を産むという言葉もあるし創作行為の封印は極論すればサトーさんの昔の男の中絶強要と同じ図式なのかもしんない、今回は誰も悪くないのがお互いの負い目になってしんどいやつ。

「ねーねーこれって俺のことだよね?俺のこと書いてるよね?」っつってニヤニヤしてる男ばかりならいいのに、いやそれもイヤだけどね。