おかあさんが帰ってこない。
おとうさんが帰ってこない。
それから誰も帰ってこない。
さみしくて、家の中で泣いて、泣いているうちに夜になって、朝になって、夏になって、冬になって、何回も繰り返した。たぶん、3巡り目の夏の初め。
なんで泣いてるのかよくわかんなくなってきて、泣くのをやめた。
外は静かだ。外に出てみることにした。外は晴れていた。
やっぱり誰もいなかった。
門を出たところにたくさんタンクが積んであった。「昔の水」と書かれていた。
そのまま歩いて、いつもの散歩道に出た。誰もいない交差点に通りゃんせのうたが流れていた。
大通りへの曲がり角のとこには「昔の土」と書かれた袋がたくさん積まれていた。
大通りをまっすぐ、坂を登り切って、海の見える公園まで来た。
小さなテントが張られて、「昔の空」と書いた旗がパタパタはためいて、その下には白い服の人が立っていた。
わたしに気がつくと、あれ、どこから来たの?と訊いた。
「もう戻ってきたの?」
「わたしはずっとうちにいました」
「驚いたなあ、ずいぶん長いこといたんですね」
「昔の空を売っているんですか」
「これは売り物じゃありませんよ。もうじき昔ながらの空が戻ってくるから、それを待っているんですよ」
そう言ってテントの中の不思議な機械をちらりと見せてくれた。
「空を捕まえる機械ですか」
「空気を調べるものですよ、戻ってきたら知らせるために」
「空が戻ってくるんですね」
「昔の水と、昔の土がありますから、じきに昔の空に戻ります。草が戻って、虫が戻って、何もかも元のように戻りますよ」
ほんとうですか?とわたしは言った。
そう、もとのように人も戻ってきますよ、とその人は答えた。
ほんとうですか、ほんとうですかとわたしは鳴いた。
急に大きく鳴いたのでその人はびっくりして一瞬あとずさりして、でもすぐに、今度はわたしのあたまをなでながら、
みな戻ってきますよ、おとうさんもおかあさんも。ほらあそこに船が見える、だんだん近づいているんですよ、と海の方を指して言った。
ほんとうですか、ほんとうですかとわたしは泣いた。
その船を見ようと一生懸命後ろの足で立とうとしたら、その人がそら!と抱えあげてくれた。
ぐんと空が近くなって、海が一面に見えた。
遠くまで静かな静かな海のへりの方に2隻、豆粒のような船が見える。
おかあさんとおとうさんが戻ってきたら、わたしはいちばんに迎えにいきたい。
そう思ったらしっぽが勝手に振れるので、空の人の頭にぱたぱた当たって苦笑いされた。