2014年5月7日水曜日

空と船を待つ丘

おかあさんが帰ってこない。


おとうさんが帰ってこない。


それから誰も帰ってこない。


さみしくて、家の中で泣いて、泣いているうちに夜になって、朝になって、夏になって、冬になって、何回も繰り返した。たぶん、3巡り目の夏の初め。


なんで泣いてるのかよくわかんなくなってきて、泣くのをやめた。


外は静かだ。外に出てみることにした。外は晴れていた。


やっぱり誰もいなかった。


門を出たところにたくさんタンクが積んであった。「昔の水」と書かれていた。


そのまま歩いて、いつもの散歩道に出た。誰もいない交差点に通りゃんせのうたが流れていた。


大通りへの曲がり角のとこには「昔の土」と書かれた袋がたくさん積まれていた。


大通りをまっすぐ、坂を登り切って、海の見える公園まで来た。


小さなテントが張られて、「昔の空」と書いた旗がパタパタはためいて、その下には白い服の人が立っていた。


わたしに気がつくと、あれ、どこから来たの?と訊いた。


「もう戻ってきたの?」


「わたしはずっとうちにいました」


「驚いたなあ、ずいぶん長いこといたんですね」


「昔の空を売っているんですか」


「これは売り物じゃありませんよ。もうじき昔ながらの空が戻ってくるから、それを待っているんですよ」


そう言ってテントの中の不思議な機械をちらりと見せてくれた。


「空を捕まえる機械ですか」


「空気を調べるものですよ、戻ってきたら知らせるために」


「空が戻ってくるんですね」


「昔の水と、昔の土がありますから、じきに昔の空に戻ります。草が戻って、虫が戻って、何もかも元のように戻りますよ」


ほんとうですか?とわたしは言った。


そう、もとのように人も戻ってきますよ、とその人は答えた。


ほんとうですか、ほんとうですかとわたしは鳴いた。


急に大きく鳴いたのでその人はびっくりして一瞬あとずさりして、でもすぐに、今度はわたしのあたまをなでながら、


みな戻ってきますよ、おとうさんもおかあさんも。ほらあそこに船が見える、だんだん近づいているんですよ、と海の方を指して言った。


ほんとうですか、ほんとうですかとわたしは泣いた。


その船を見ようと一生懸命後ろの足で立とうとしたら、その人がそら!と抱えあげてくれた。


ぐんと空が近くなって、海が一面に見えた。


遠くまで静かな静かな海のへりの方に2隻、豆粒のような船が見える。


おかあさんとおとうさんが戻ってきたら、わたしはいちばんに迎えにいきたい。


そう思ったらしっぽが勝手に振れるので、空の人の頭にぱたぱた当たって苦笑いされた。