流行り病。岡崎京子の作中の引用で知られてるウィリアム・ギブスンの詩を思い出す。引用元は、初出誌の版元の京都書院が倒産してるので目にした人はあまり多くない。と思う。元々3章から成る。引用されていたのは最終章。
愛する人(みっつの頭のための声)
ウィリアム・ギブスン
黒丸尚 訳
I
明かりの下
マシーンが夢見る
憶えている
雑踏を
渋谷
タイムスクェア
ピカデリー
憶えている
駐車中の自転車
草の競技場
土に汚れた噴水
夜明けへとゆるやかに落ちていく中
愛する人の腕の中
思い出される
夜に沿って
ハイアットの洞穴の中
空港の半減期の中
ハロゲン狼の
刻の中
思い出される刻
ラジオの沈黙の中
ラジオの沈黙
ラジオの沈黙
ラジオの沈黙
II.
たかがミステリの歴史
たかが人間がどう迷うか、
だろうが
ただ、どうしても迷うのさ、
現に
どこの街だろうと、
たかが物事の流れ
ただの
交差点の雑踏
ただの舗道に落ちる雨
それが歴史というにすぎない、
実際
父はそうして迷った
母も同じ
母というのは、
実際そういうもの、
物事のありかたとして
ミステリのありかたとして、
ということ
でも狼たちも暗い公園で迷う
坊やたちも同じ
これは別のありかた
近頃の落ちかた
III.
この街は
悪疫のときにあって
僕らの短い永遠を知っていた
僕らの短い永遠
僕らの愛
僕らの愛は知っていた
街場レヴェルの
のっぺりした壁を
僕らの愛は知っていた
沈黙の周波数を
僕らの愛は知っていた
平坦な戦場を
僕らは現場担当者となった
格子を
解読しようとした
相転移して新たな
配置になるために
深い亀裂をパトロールするために
流れをマップするために
落ち葉を見るがいい
涸れた噴水を
めぐること
平坦な戦場で
僕らが生き延びること
原題"The Beloved"、英語圏でしばしば墓碑銘に刻まれる言葉であること思うと「愛する人」のほかに含む意味があるとわかる。沈黙するラジオ、涸れた噴水、平坦な戦場、すべて墓碑のメタファである。